視線




「……?」
不意に感じた視線にハリーは背後を振り返った。
けれども、今まで歩いてきた長く広い廊下には誰の姿をも見つけることも出来なかった。ゴーストもいやしない。壁に幾つかかかっている絵画は寝ているか、ハリーのことなどどこ吹く風とお茶会や談笑をしている。
気のせいだったかと首を捻りながらハリーは再び歩き出す。

廊下の角から、さらっとした黒髪がほんの僅か覗いていたことに、その時は全く気付かなった。






ある放課後、ハリーは1人ハグリッドの小屋に続く道を歩いていた。
乾いた下草がさくさくと音を立てる。ローブの裾や髪を軽く揺らす風は穏やかだった。
ハーマイオニーは授業の後始末の当番か何からしい。ロンは双子に呼び出されて、とても嫌そうな顔をしながらハリーの前を後にした。
夕食までの一時を読書や宿題などという模範的な用途に使うことよりも、ハグリッドと談話した方がずっと有意義に思えた。要は暇潰しだ。
小屋へ続くなだらかな坂を降りていく。
そこでふと、首先にチリチリとした嫌な感じを覚えた。物理的なものではない。
ハリーは誰かの視線を感じて振り返った。しかしそこには誰もいない。
「…………」
気のせい?
ハリーは足を速めた。ほとんど小走りでハグリッドの小屋の裏手に回りこむ。そして足は止めたものの急ぎはそのままに透明マントを引っ掴んで頭から被った。


さくさくさく…―――



下草の音。誰かの足音。
立ち止まったのか、それはすぐに鳴り止んだ。
ハリーは草を踏まないようにそぅっと小屋から顔を出した。こちらが見えていたわけはないだろうが、それとほぼ同時に木の陰にサッと隠れたローブの裾。
『やっぱり誰か後をつけてる…』
尾行だなんて悪趣味な。
ハリーは透明マントを被ったままゆっくりとローブが隠れた木に歩み寄る。



『…パンジー・パーキンソン?』
太い木の陰にコソコソと隠れていたのはスリザリン寮のパンジーだった。
形の良い眉を顰めながらずっとハリーが隠れている(とパンジーは思っている)小屋を凝視している。
『何してるんだろ…』
全くな疑問が頭に浮かんだ。尾行されていると感付いた時は多少戦々恐々としたものだったが、この光景を真横で見ていると何だか間が抜けている。姿を消すまでは無理だとしても、足音を消す呪文も何も使っていないズブな尾行だ。
拍子抜け。
「…何やってるのかしら…ポッターの奴…」
パンジーが爪を噛みながら小さく漏らした。
小屋の入り口はこちらから見えている。中に入ったなら絶対に分かる筈。
暫くするとパンジーはハッとしたように駆け出すとハグリッドの小屋の裏手をそっと覗き込む。勿論そこにハリーが居るわけがない。ハリーはパンジーの少し後ろをついてきていた。
「あーっ!逃げられた!?」
悔しい、という感情を思い切り顔に出してパンジーが叫んだ。
「あの3人がバラバラに行動するなんて…絶対何か企んでると思ったのに…!」
地団太を踏んで悔しがる。
ハリーは納得がいって目を細めた。
『アホらし……企んでたのはそっちじゃないか。大方なにか悪事の尻尾を掴んで先生に告げ口…とか思ってたんだろうけどさ』
なにやらここまで間抜けだと大して怒る気もしない。1年の時、ドラコ・マルフォイに似たようなことをやられたが…こちらも大分成長している証拠だろうか。
ハリーは怒り心頭のパンジーを放ってさっさと元来た道を戻ろうとした。このまま小屋へは行けそうにないし、気も削がれてしまった。
「……折角ドラコに喜んでもらえると思ったのに…」
背後でぽつんと漏らされた言葉にハリーは思わず立ち止まった。
見ると、怒りが収まってきて悔しさや落胆の方が勝ってきたのかパンジーは項垂れて立ち尽くしていた。きちんと切り揃えられた黒髪が顔にかかっている。
その横顔は何だか悲しげで、ハリーは不覚にも出所不明の罪悪感のようなものを覚えてしまった。本当に、不覚にも。
『…何だよ。なんか僕が悪いみたいじゃないか』
ハリーはその場に立ち尽くしてしまう。
唇を引き結んだパンジー。少しだけ肩が震えている。瞳はまだ潤んでなかったので泣き出すことはないだろうと踏んだが、どうにも目が離せない。
『ドラコの為…か……ちょっとは可愛いところもあるんだ…』
良く見ると顔も結構可愛いかもしれない。現金なものだ。
こういう〔女の子〕な態度にハリーは弱いかもしれない。



しかしパンジーは不意にガバッと顔を上げた。ハリーは驚いて仰け反る。
「諦めないわよ!ぜぇったいポッターの奴の尻尾を掴んでやるんだから!!」
拳を天に突き上げそうな勢いだ。空元気なのかもしれないが、辺りに哄笑が響き渡る。打たれ強いのかもしれない。
『……何だそりゃー…』
ハリーは元気なパンジーを見て思わず脱力する。
あっさりと立ち直ったらしいパンジーは意気揚揚と歩き出した。居なくなったハリーを捜し始めたのだろう。
「ここにいないってことは…そうね…禁じられた森とか…その辺りね!きっとあのブスと赤毛と合流するんだわ♪」
『……コイツ…』
ハリーは先ほどの罪悪感と好意を心の中から蹴飛ばした。
眼鏡の奥から半眼に見つめる。口に出さなくとも彼女の表情から何を考えているのか丸分かりだった。




【現場を押えたらドラコとスネイプ先生に報告よ♪これであのブスとメガネもおしまいね♪ついでに赤毛もうざったいしドラコが嫌ってるから排除排除♪ふふ…ドラコ頭撫でてくれるかなぁ…♪】




といったところだろう。
禁じられた森にガサガサと分け入っているパンジーの後姿を見つめ、ハリーは唇の端を吊り上げた。


ハリーを捜して森に入ったパンジーだったが、進むにつれ流石に恐々とした表情が伺え始める。
と言うか、森の実に浅い部分しか探索していないのだが。パンジーは外の明かりがシャットアウトされてしまいそうになる度に慌てて数歩戻る。つまりは森の奥に入らず外周を回っているのだ。
『…恐がりなところも似てるね』
誰に、とはわざわざ考えるまでもなかった。
ハリーは心の底の意地悪い部分を表情にも覗かせた。勿論、透明マントでその顔は誰からも見咎められることはない。
パンジーから少し離れて進み、木の陰に入る。彼女の視線がこちらに向いていることを確認してからマントを脱いで木影から姿を現した。
「……っ!!」
離れた背後でパンジーが息を飲むのが伝わってきた。ハリーはクク…と低い笑いを押さえ込むようにしながら森の奥へと足を進める。
パンジーは勿論、あの不恰好な隠れ方で後をついてきた。




『どうしてこう、簡単に引っかかるかな』
ハリーは策略が巧く運んでいることに満足を覚えていた。
『…これがもっと油断ならない闇の魔法使い相手だったらこっちが逆に嵌められているんじゃないかって勘繰るところだけど…』
後ろのパンジーは乱立した木に隠れながらピッタリとついてきている。茂った草木に邪魔されながらも。
大分奥に入ってきた。
そろそろ頃合かと、ハリーは肩ほどもある茂みの中に体を隠すと共にマントを身に纏う。それから足音を消す呪文を殆ど口の中で呟くように唱え、音を立てないようにパンジーの横に回った。
「……?」
パンジーは茂みから出てこないハリーに怪訝そうな表情をしている。
1分、2分……ハリーの後姿は見えない。
焦りと不安にパンジーは思わず茂みを覗き込んだ。
「うっ…嘘っ…!?」
驚愕に瞳が見開かれる。確かに視界は悪い。けれども、数メートル先の人影を見失うほどではない。そもそも足音も何も不意に聞こえなくなったのだ。
「そんな……」
急いでハリーが今まで進んでいた方角に歩き始める。土から盛り上がった木の根などのせいで走ることは出来なかったが。
焦って視野狭窄になっているパンジーにハリーはひょいと足を引っ掛けた。勢い良く転倒する。
「…っ……痛ぁ…」
うつ伏せにに倒れた際にプリーツスカートが背中まで捲れ上がり、紫がかった淡いブルーのショーツに包まれた尻や、すらっと伸びた太股が露わになる。尻も太股も肉感的と言うにはまだ早いものだったが、ハリーは予想外の光景に息を飲んだ。
周りに誰もいない所為か、それとも体が痛むのかスカートを直す仕草は酷く緩慢で、その間中ハリーはパンジーに釘付けられた。何だか良く分からないものが体の奥から湧き上がってくるような感覚。
本当は、もうこんなことをする気が失せるようにちょっと懲らしめてやるつもりだったのだが……
………その考えが次第に遠いものになっていった。










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